ルールブレーカーズ・スクールとは?
「学歴なんかクソくらえ!」と言っている張本人の僕自身が、アメリカのビジネススクール(経営大学院)でMBA(経営修士号)を取得している。「言っていることとやっていることが矛盾してるじゃないか!」と思われるかもしれません。でも怒る前に下に書いた僕の経験と僕の想いを読んでください。そして少しでも共感できることがあれば、左のメニューバーをクリックして、あなたにとってルールブレイカーズ・スクールが意味あるものなのかどうか、覗いてみてください。

ずーっと三流だった
高校も三流、大学も三流、就職先も三流。今思えばくだらない考えだが、就職したばかりの頃はそんなことを考えていた。「オレの人生このまま三流で終わるんだろうなぁ」と漠然と考えていた時、ある雑誌に「MBA」「一流ビジネスマンへの切符」という内容の記事があり、それを読んで「これだ!」と思ったのが僕自身を大きく変えるきっかけであった。
意地の底力
僕が大学に行った理由は、高校の校長先生を見返したいという意地であった。ある事件が原因で僕を含めて7名が停学になり、停学期間が終わり学校に行くと全員が校長に呼ばれた。「本当は退学にしたかったが、学校の体面を考えて停学に留めた。ま、君達みたいな人間はどうせ大学には行けないだろうから、在校中に問題を起こさず、その辺の町工場にでも就職できれば御の字だな。」と言われたのである。それまで大学に行く気は全く無かったが、その一言がきっかけで4ヶ月間必死に勉強し現役合格してしまったのである。
もう1つの意地は、あの悪名高い就職協定(1996年に廃止)である。就職活動解禁日にならないと企業は就職説明会を開くことはできないし、学生側も会社訪問はできないというものである。しかし現実にはそんなルールは無視して企業側も学生側も動いていた。僕もその状況は当然知っていたが、まともな会社はルールを守っているだろう、と勝手に考えていたのである。しかし就職活動が解禁された時には、すでにほとんどの有名企業や上場企業は必要な学生を確保し、僕のような三流大学出身で何の特徴もない学生がもぐりこむ余地は全く無かったのである。「就職協定というルールを決めた当事者の企業が自らルールを破り、ルールに従った人間はバカを見る?こうなったら意地でも他人が決めたルールに従って生きるのは止めよう。」と思ったのである。
意地が決断を支える
さて、MBAに関する記事に話を戻すと、「ビジネススクールに入学するためには難関な試験(TOEFLとGMAT)を通らないといけないし、授業も日本の大学とは比べものにならないくらいのスピードと宿題の量で、英語が苦手な日本人は寝る時間を削って勉強しなければ追いつけない」といった内容であった。今までの僕だったら「やっぱりオレには無理だ」と諦めたところだが、「諦めたら今までと同じだ。三流の人生をひっくり返すのは今しかない。MBAというバイパスを使って人生を切り開くしかない。」と初めて自分の人生に向き合った瞬間であった。
行動すれば何とかなる
会社を辞めて1年間後にアメリカに渡ったものの、テスト(TOEFLとGMAT)の点数は話しにならないほどひどかった。ただ1年半ほど現地に住んでいたため、TOEFLの点数はまあまあのレベルまで向上したが、問題はGMATであった。入学したい学校の要求するGMATの点数は最低で650点。僕の点数は320点。幾つかマイナーなビジネススクールからは入学許可の通知が届いていたが、第一希望の学校からは不合格の返事。今まで莫大なお金と時間をかけてここまで来て、今さらマイナーな学校に行く気はないし、かといって「やっぱりダメでした」と日本に帰国するのもできず、進退窮まった状況に陥ってしまったのである。異国の地に一人きり。相談できる友人もいなかった。その時、急に意地の底力を思い出したら「彼らの基準(ルール)で簡単に合否を決められてたまるか!」と腹を括ることができ、ブロークンな英語ながらビジネススクールの学部長に電話をかけて直談判したのである。
「あなたは僕がどんな人間か知りもせずに試験の点数だけで落とすのか?」
「僕があなたの学校にふさわしくないと本当に言い切れるのか?」
「アメリカの大学は門戸を広げ多くの人に入学のチャンスを与える。卒業できるかどうかは本人の努力次第。という考えに共鳴して渡米したのに、貴校の対応にはガッカリした。」
などなど、今考えるとハチャメチャな理屈ではあったが、とにかく言いたいことだけ言ってみたのである。そしたら最後に学部長が「分かった。君の合否をもう一度選考会議に諮ってみよう。但し、それ以外のことは何も約束はできないよ。」と言ってくれ、それから数週間後に、条件付きではあるが合格の連絡が届いたのである。
現在の僕と夢
その後大学院を卒業し、帰国後は外資系コンサルティング会社で10年間仕事をしました。でもずーっと心の中にモヤモヤとしていたものがあり、それに気付いて会社を辞めました。上記のように今までは意地を張って生きてきましたが、夢に向かって一生懸命生きていない自分がつまらない人間に思えてきたのです。そこで「僕自身の夢とは何か?」、「死ぬ時にどんな人生を歩んできたら満足に思えるか?」と自分に質問してみました。答えは「僕と同じように社会の既成路線(一流大学への進学や一流企業への就職)から外れたと思い込み将来を見失っている人達に、考え方一つで人生は変えられる、ということの理解に少しでも役に立てること」でした。そこで、ルールブレイカーズ・スクールを思い立ったのです。
今僕が思うこと
大学時代に「なりたい自分」をもっと真剣に考えていれば、いや高校生のときに「なりたい自分」をもっと真剣に考えていれば、今とは違った人生を送っていただろうと思います。夢を持っていれば大学進学以外の選択をしていたかもしれません。夢を持っていればそれを実現できる仕事を見つけることに集中し、就職協定の件について目くじらを立て、貴重な時間を無駄にすることもなかったでしょう。どんな人生になっていたか分かりませんが、今よりもっとエキサイティングな人生になっていたことは間違いないでしょう。夢を持って何かにチャレンジすることは若ければ若いほどいいと思っています。失敗するかもしれないし、過ちを犯すかもしれません。でも失敗も過ちもない人生なんて面白いと思いますか?
あなたに考えてほしいこと
ここまで目を通していただきありがとうございます。最後に僕の好きな言葉をあなたに贈ります。そして、あなたが死ぬ時にどんな人生を歩んできたら満足に思えるか?少し考えてみて下さい。
You see things; and you say, “Why?” But I dream things that never were; and I say, “Why not?” George Bernard Shaw (1856-1950)
人は現実を見て問う。「なぜだ?」と。しかし私は不可能なことを夢見て
言う。「よし、やってやろう!」 (ジョージバーナードショウ)
Nowadays most people die of a sort of creeping common sense, and discover when it is too late that the only things one never regrets are one's mistakes. Oscar Wilde (1854 - 1900)
たいていの人は、忍び寄る常識に人生を台無しにされて死んでいく。もうとりかえしのつかない時になって初めて、人生で後悔しない唯一のことは、自分の犯した失敗であることに気付くのである。 (オスカーワイルド)
Common sense is the collection of prejudices acquired by age eighteen.
Albert Einstein (1879 - 1955),
常識とは18歳までに身につけた偏見のかたまりである。
アルバート・アインシュタイン
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